会員研鑽ノート

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阿字の古里

山口  西長寺  川西恵阿  26歳 

僧侶歴:3年

趣味: 音楽

2026.03.31 update.

私は、御詠歌の中から「高祖弘法大師第三番」を紹介させていただきます。

高祖弘法大師第三番

阿字(あじ)の子が 阿字の古里(ふるさと) 立ち出(い)でて また立(た)ち還る 阿字の古里

この歌は弘法大師御作です。阿字というのは、梵字のア字であり大日如来様を表しています。つまり我々は阿字(大日如来)から生まれて、亡くなると再び阿字(大日如来)に還っていくという事を詠んでいる歌です。

〇いつこの歌をお大師様が詠まれたのか。

お大師様には、9歳の頃から弟子になられた智泉(ちせん)法師という誰よりも長く親しく、若くして10大弟子の1人に数えられていた1番弟子がおられました。お大師様の後継ぎと言われていた秀才で、現在の高尾山 神護寺の三綱(さんごう)という管理・運営・僧尼の統括をする役職の維那(いな)に大抜擢されました。また、お大師様に伴い高野山の伽藍の起源となる東南院という草庵を建立しました。

しかしながらお大師様の一番弟子であった智泉法師は天長2年2月24日に、37歳の若さで高野山の東南院に於いて遷化(せんげ)されました。その時に駆け付けたお大師様は次のような言葉を残しています。

吾(われ)飢(う)うれば汝(なんじ)飢(う)う 吾楽しめば汝ともに楽しぶ
哀(あわれ)なる哉(かな) 哀なる哉 哀れの中の哀れなり
悲しき哉 悲しき哉 悲しみの中の悲しみなり

哀なる哉 哀なる哉 復哀(またあわれ)なる哉
悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉

「亡弟子智泉が為の達嚫(たっしん)の文」より

49日目の満中陰には、お大師様自らが導師となり10大弟子の1人欠けた9人の高弟が職衆となり理趣三昧(りしゅざんまい)が行われました。その時お大師様の唇から洩れた歌が

「阿字の子が 阿字の古里 立ち出でて また立ち還る 阿字の古里」

でした。

固い絆で結ばれた人であっても必ず「別れ」があります。「別れ」というのは避けることのできない「真理」というわけですが、お大師様は別れであっても同じ大日如来から生まれた私たちは本当の故郷である阿字の古里へ還り、「いのちの循環」をします。そして、どこかでまた師匠と弟子という関係ではなくとも別のなにかとして再び会うことができますと和歌として詠まれています。そのため「阿字に行く」のではなく「阿字に還る」という事です。

この世に生まれた我々の一生は遍路だと私は考えています。人生の喜びも苦難も1つ1つ乗り越えて、今を精一杯生き抜き、たくさん功徳を積んで、阿字に還るときに功徳というたくさんのお土産を携えて、大日如来の元に還っていくのです。