新年のお飾りを用意しようと買い物に行くも、近年は中々良い品が店頭に見つからず、年の暮れに何度も何店舗も往来する事になりました。供給が少ないという事は、需要が減ってきたという事であり、おそらくお飾りの簡略化、省略が顕著なのであろうと推察されます。なお、当地では、一般的な鏡餅の横に、別の三宝へ、「一升の米」、「橙」、「髭根の盛んについたトコロ(山芋の仲間)」、「炭」などを盛って祀ります。「一生、代々、この所に住む」の意とされています。
また、正月飾り以外にも、地域の風習を守っているお檀家様のお宅へ法事で呼ばれますと、仏壇に重ねた大きな餅が供えられております。(正月飾りを餅だけにしたようなモノ)この餅は、法事の終わりに御寺へ片方を持ち帰るよう渡されます。
理由や由来をご存じの方も居られず、唯々、当地に継承されてきた風習ですが、もうこの風習を継いで居られるお宅も数件になりました。
さて、ミャンマー等の地に伝わるお経に弥蘭陀王問経があります。紀元前2世紀ころ、北インドを支配したギリシャ人のミランドロス王が西洋らしい論理的発想により、インドの僧侶に、供養の御利益への疑問を問う内容のお経です。
王の問いは、「なぜ私達は解脱したという仏を供養してご利益を得る事ができるのか、この世に釈尊が生きていないなら、この供養を受け取る事はできないし、もし供養を受け取る事ができるなら、それは釈尊がまだこの迷いの世界に存在しており成仏していないのではないか?」というものでした。
これに対し、インド僧の答えは、「たしかに釈尊は入滅し、直接、供養を受け取る事はできない。しかし例えるなら、目の前の明かりが燃え尽きて消えたとき、この世から火が無くなったと考える人はいない。誰でも火を必要とするので、消えれば、自らの力で火をおこし、その恩恵を受け取る。故人への供養も同様で、釈尊は成仏しても、私達はその教えを仰ぎ、道をたどる事によって、すぐれた人間の幸福を得る、その為の釈尊への供養は、生身の釈尊が受け取る事がなくても無益なものでなく、私達に大変な御利益をもたらすものである。」お経の中で、この話に王は大変感銘を受けた様子が説かれています。
現在、お経の時代から2000年近く時を経て、私達は比べものにならない文明の進化をとげました。しかし、心の問題、人として生きることの問題は、文明科学が発展しても、私達が生身の人で有る以上、その問題の根幹は変わっていないようです。
たしかに拝む為の依り代とする御仏壇のお位牌、お墓のご遺骨、お寺の仏像は、白米をむしゃむしゃ食べたり、お水をごくごく飲んだりはしないでしょう。しかし日々のお供えは先のミランダ王の話のように、必ずご先祖様の御利益として自身に巡り回るはずです。見えないものへの敬意を疎かにせず、季節季節の行事を大切にし、先祖故人への供養を怠らないことが、人生におけるまことの幸福への道と考え、我々僧侶はその道の先達となるべく日々を歩む事が肝要と考えて日々を過ごしております。
会員研鑽ノート
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「供物」に思うこと
肥前
大石哲玄
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2025.04.15 update.